Bluelight Sonata

5年振りに別府に来た．2日に渡り別府という街を歩いて，この街は面白いというか，他にはない特殊な街だなと思った．

言わずと知れた有名温泉街という観光地の顔を持っている．ただし，「ただの温泉地」の留まらないのが別府の懐の深さだと思っている．だいたい所謂「温泉地」って，そもそも街中にはないことが多いけど，どちらかと言うと「そこに住んでいる人」の顔が見えない，観光地に全振りしている印象を受けることが多い．

一方で別府という街は，大分に対するベッドタウンという側面を持ち，かつ数千人を抱える大学を擁する街でもある．更にその大学の留学生も多いので，国際色豊かな街でもある．結果として別府は，地方の温泉観光地でありながら並みの地方都市以上の活気がある，そういう不思議な街なんだ，と5年振りに別府をしっかりと歩き回って，そう思った．

温泉全振りの観光地だと旅館やホテル以外の商業施設が意外と乏しかったりするが，ただの温泉街に留まらない別府には美味しそうな飲食店がたくさんある．宮崎からの移動中のパンを齧っただけだったのでお腹も減り，駅前をフラフラと歩いて早めの夕飯と洒落込む．目指すは天丼が人気で行列もできるらしい有名店．

夜の営業開始直後に訪れたので行列に巻き込まれることもなく，有名らしい天丼のセットを頼む．「別府で天丼が有名」って何なんだと一瞬思うが，あまり深くは考えないことにする．なんでもサクサクの衣が人気らしい．「天ぷら粉って別府名産なんだっけ？」とか，細かいことを気にしてはいけない．旅先の食事とはそういうものだ．突き詰めて考えると大阪のたこ焼きですら，別に大阪の名産の材料を使っているわけではない．でも，そういうものだ．我々人類はそういう情報を食っている．

……などと無駄な問わず語りを脳内で繰り広げる孤独のグルメを終え，さっさと店を出ることにする．酒も飲まないのでさっさと食ってさっさと出る．そういうポリシーだ．利益率低い客だと思うので，せめて回転率くらいには貢献したいところだ．

などとやはり脳内でモノローグをキメたところで退店しようとしたのだが，ここで問題が発生した．問題と言うのは些か大げさかもしれないが．何が起きたかというと，自動ドアが反応しないので退店できないという事象だ．

ちょっと後ろに下がって，また近づいてみる．開かない．高さが足りないのか？と思い腕を上に伸ばしてみる．やはり開かない．ちょっと冷や汗かいてきた．……というところで，タイミングよく外から入店しようとする人がいてドアが開いたので，あたかも「通路狭いので譲ろうと思ってたんですよ」みたいな顔をしながら脱出した．

まあ偶にはそういうこともあるか，と思ったのだが，よく考えると少し前に新宿のとんかつ屋──まあ「松のや」なんだけど……──でも同じことが起こったことを思い出した．そういえばあの時も入店客が来てドアが開いたので助かった．

「新宿の松のやで自動ドアが反応しなかった」のは偶々かもしれない．「別府の天丼屋で自動ドアが反応しなかった」であれば偶々かもしれない．でも「新宿の松のやで自動ドアに無視された男が，別府の天丼屋でも自動ドアに無視された」のであれば，それはその男のほうが悪いのでは？という気がしなくもない．言うまでも無いがその男とは自分である．

よくお店にｶﾞﾗｶﾞﾗと入店してもなかなか店員に気づかれないという事象にも遭遇していて，なんというか存在感とかオーラに欠けるのかな自分は，とも思っていたのだが，自動ドアに無視されるあたり，存在感とか以前に，物理的に透明なんじゃないかと疑わしくなってくる．

店員に気づかれないにせよ自動ドアに無視されるにせよ，一人なのでそれを面白おかしくすることもできないのが，つらい．グループでそういうことが起きてればね．「めっちゃ自動ドアに無視されるんだけど」で一笑い起きるところだが，一人だとそうもいかない．全く笑いは起きず，冷や汗をかいた男がそこにいるだけだ．

存在感がないだけなら，わざと音を立てて歩いて気づかれるようにするとか，色々対策はあり得たのかもしれないが，自動ドアにさえ無視される透明具合となると手詰まりな気がしてきた．そういう運命のもとに生まれてしまったのかもしれない．

いやしかし，透明というのは別に悪いことでもないのかも知れない．「透明感がある」っていうのは褒め言葉だし．アイドルの写真集の宣伝とかでそう謳われたりするし．ポジティブにとらえて，もしかしてアイドルなんじゃないかって思うことにした．「感」じゃないだろっていうのは棚に上げておく．そういうポジティブシンキングが大事だ．

空元気的ポジティブさを引っ提げて戻ったホテルの部屋の水回りはめっちゃ臭かった．あまりに臭くてポジティブさがどこかに飛んでいった．やっぱりついてないな．