ウィッシュリストが止まらない

"Steamウィッシュリスト内の何とかかんとかがセール中です!"というメールが来た.黒ヤギさんは読まずに捨てた.デジタル化でお手紙を食べられなくなってもなお,ヤギ同士の意思疎通は成立しない.
Steamは年に何回か大きなセールをやる.ウィッシュリストに入っているゲームの少なくとも1つくらいはセール対象になる.つまり年に何回かはこのメールが届いていることになるのだが,いつも読まずにゴミ箱行きになっている.そして,ウィッシュリストのセール対象商品を買うこともない.
Steamだけではない.Amazonもそうだ.「ほしいものリスト」には大量の本が積み上がっていて,そして一向に買う気配は無い.買って部屋に積み上げるよりはマシだろうと開き直っている.物理的積読に陥るくらいなら,バーチャル積読のほうがいささかマシだろう.どうせ買ってもよまないのだから.
そしてYoutube.後で暇なときに見ようとウォッチリストに入れたものを観た例がない.久しぶりにリストを見たら,入れた記憶すらない動画が連なっていた.
そして「行きたいところ」.これは自作のWEBアプリで管理している.行きたい場所と,そしてそこに行きたい時期.これを記録して,いつか後で行けるようにしている.このアプリの開発はここ数年のライフワークとなっていて,ライフワークにするだけあってしっかり記録を続けている.SteamやAmazonと違い,ちまちまと「行きたいところに行っている」.そういう意味では他のウィッシュリストとは性格が違う.
ところが,その「行きたいところ」にも問題がある.過去のツイートによれば,2年前には行きたいがまだ行けていないのは500箇所くらいあったようだ.十分多いが,今調べたら900箇所を超えていた.2年で2倍になっている.「行くスピード」に対して「行きたい場所が増えるスピード」が速すぎる.
どう転がっても自分のウィッシュリストは積み上がっていく一方の運命のようだ.
この前,川崎市の小向マーケットに行った.ここも「行きたい場所リスト」に長いこと塩漬けになっていた場所だ.長い歴史のあるマーケットで,いかにも自分好みらしいのでいつか行きたいと思っていた.珍しく思い立って行ってみたら,板が打ち付けられて閉鎖されていた.調べたら3日前に閉鎖したらしい.3日前て.嘘でしょ?
「積み上がっていくくらいだから,そもそもそんなに欲しいと思ってないんでしょ」「別に行きたくないんでしょ」というのは,ある意味正しい.「欲しくない」とか「行きたくない」とまで言うと言葉が強いのだが,いつか買えれば,いつか行ければ良いなということなのかもしれない.つまり優先度の問題.それを,ということは優先度が低いってこどだから重要視していないわけでしょ,と言えなくもない.
ただ,優先度が低いはずの何かを失って,取り戻せなくなったときに,自分の中での重み付けが急に跳ね上がる.欲しいものリストに数年塩漬けにした書籍が久しぶりに見たら販売停止の絶版になっていたり.数年塩漬けにして,買いたいと思えばいつでも買えたくせに,買えなくなって急に,大事なチャンスを失ったかのようにショックを受ける.全部自分が悪いのにね.