#37 退職代行と死の受容 | 根暗草子

考えてみればそういう兆候はあった.
ある日,同じチームの若手が寝坊したことがあった.まあ,人間だしそういうこともあるよなあくらいに思っていたら,少ししてまた寝坊で遅刻してきた.やっぱり人間だしそういうこともあるよなあ,と思った.そしてまたとある日の朝会にその若手がいなかった.二度あることは三度あるなあと思ったが,最初の「ニ度」と「三度目」は違った.
その若手は退職代行を使って会社を辞めたのである.
電話掛けても起きないなみたいな話になり,寝坊にしちゃ遅くないか?みたいな話をして,病気で倒れているとかも考えねばならぬのだろうか,なんて考えていたら,退職代行から連絡が入ったのでチームからの連絡は控えよというお達しが来た.
そう言われたときはビックリしたね.「退職代行」って「あの」退職代行っすよね?って感じ.ニュースで見てことあるけど,あれって本当に使うやつおるんか!と思った.いや,使うやつはいるんだろうけど,まさか自分たちのところで?と思わざるを得ない.
「創作の世界で起きたことが現実に起きた」って感じがして,不謹慎だがちょっとワクワクしてしまっている自分がいる.やっぱり使った業者は「モームリ」なんだろうか,とかそんなことばかりが気になってしまう.
マネジメント層はそれどころではなさそうで,退職手続きの後始末とか,貸与物の回収とか,人員の穴埋めとか…….が,まあ退職代行使って辞められるそういう状況があったということだとも思うし,まあそれ含めてマネジメント層の仕事になるわけだし……
「退職代行をリアルで感じた」そのノンフィクションに謎のワクワクを見せる自分,対照的にドタバタしているマネジメント,それぞれの反応を見せる中で一方で心配だったのが,退職代行で辞めた若手の唯一の同期である別の若手.「同期が突然消える」という衝撃は,やはり計り知れないだろうと思う.
やっぱり同期っていうのは特殊な属性だと思うし…….それが突然消えるとなると,ね.
ショックを受けてるかなと思ったら,彼は意外にも怒っていた.「色んな仕事を放り投げて急に辞めるやつがあるか!」とのことだった.なるほど感じ方は人それぞれだなと思ったが,更に聞いてみると最初は「あいつがそんな風に辞めるはずはない」と思っていたらしい.それが徐々に怒りに変わっていった,と.それを聞いたとき,これは『死の受容』だなと思った.
精神科医のE.キューブラ―・ロスは,自らの死に直面した人間は「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」という段階を経てその死を「受容」するようになるという死を受け入れるプロセスにおけるモデルを示した.今回は「自らの」ではないし,比喩として不謹慎だとは思うのだが,同期が突然辞め,そしてそれ以降連絡を取らないようにと言われるその様は,突然の死別に近いものがあるだろう.その相似も相まって,死の受容のプロセスを思い出した.
その同期は「否認」「怒り」と経て,その後どうしてそれを「受容」するのかは分からない.マネジメント層は怒ったり「あの時こうしていれば」と葛藤したりとプロセスを彷徨っていたが,それでもそうした経過を経て受容するようになるのだろう.
翻って自分は.否認も怒りもせず「受容」していたような気が.人の心というやつがないのだろうか.
そんな自分が自らの死に直面するとき.果たして自分はそれをどうやって受容していくのだろうか,それが楽しみでならない.