Bluelight Sonata

2025-01-12

#30 東京スケープゴート | 根暗草子

根暗草子 / camera α7CR / lens SEL85F18 / location Tokyo
Ogikubo Hakusan Shrine, Ogikubo, Suginami, Tokyo.

そこそこ混み合った中央線に乗った.いつ頃のことだったかも覚えていない.ただ平日だったことだけは覚えている.何故ならその列車が高円寺に停まったからだ.土日の中央線快速は高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪に停まらない.そして通勤の時間でもなかった.何故なら自分は通勤で中央線を使わないからだ.

ということは平日に休みを取って,何らかの理由で日中に中央線で都心に向かった.そんな日だったんだと思う.そういえば「ラッシュ時間帯でもない,平日の昼間なのにやけに混んでいるな」と思ったことを,思い出した.


しかし何故「高円寺に停まった」などというどうでも良い記憶が,今もなお頭にこびり付いているのか.それは,その時強烈なエピソードが発生したからだ.人は意味記憶よりもエピソード記憶のほうが脳に長く残りやすいという特徴がある.

で,そのエピソードだが.その中央線快速は,高円寺に停車するときにやけにブレーキが強かった.まあ散々言われる通り,「平日しか快速の停まらない杉並三駅」なんてものは邪魔でしかなく,人は心の奥底に「平日も杉並三駅を通過したい」という欲求を燻らせているのである.そういう駅だ,杉並三駅って.だから高円寺でブレーキが強かったのも,その欲求にうっかり従いかけて通過しそうになったところ,我に返って慌ててブレーキをかけたとか,そんなところだろう.

強いブレーキ.即ち,強い慣性.ドアに寄っかかるようにしていた眼の前の乗客の1人が,派手に転んだ.「ちょっとよろめいた」どころの騒ぎではない.本当に転んだ.「吹っ飛んだ」と言っても盛りすぎではないくらい,派手に転んだ.ついでに隣にいた人に派手にぶつかった.

自分はつり革に捕まってスマホを見ていた.しかしさすがに眼の前で人が吹っ飛んだことには気付いた.多分,他の人もスマホを見ていた.それでもやっぱり吹き飛んだ事件には気付いただろう.でも,誰もうんともすんとも反応しなかった.


ここまではよくあることだ.傍観者効果というやつである.慣性に傍観者効果に,その中央線の車内では心理的に物理的に唱えられる理論が面白いように実証されていく.だから,ここで話が終わればエピソード記憶として脳内に長期残留するような記憶にはならなかっただろう.怖かったのはここからなのだ.

吹っ飛んだ人は何事もなかったようにスッと立ち上がって,またドアに寄りかかってスマホを弄り始めた.慣性アタックを食らった隣の人も,まるで自分は何ともぶつかってませんよみたいな顔でそのままスマホをいじっていた.

いや待て,なんだこいつら.自分も含めて全員NPCか?特に転んだ人の立ち上がる様は,ゲームのNPCを無理やり動かした時に所定の位置に滑らかに戻っていくときの動きそのものだった.

いやー怖かったね.こういうのが東京の良くないところである.他人に興味がないとかそういうレベルではない.最早他人など存在しないかのように振る舞う,その人間性の欠如.This is 東京である.


だが待って欲しい.これまた太古のエピソード記憶が蘇る.そういえば北海道に居た頃にも,積雪した路面ですっ転んだり,電車内の濡れた床で滑って吹っ飛んだりした人を目前に見たことがある気がする.その時の自分は,周りの人はどうしていたっけ.やっぱり何事もなかったように振る舞ったような気がする.

とまあ,そういうわけで我々人類は,自分たちの薄汚いところを東京のせいにしすぎである.人間性が欠如しているのも,一極集中しすぎて通勤が苦痛なのも,ついでに地方から人口を吸い上げて地方を過疎化させているのも,何もかも東京が悪い.東京のせいだ.そう言っておけば一定同意が得られる.なんて言ったって一極集中故に,同意する奴のかなりの割合が東京に住んでるいるからな.オーディエンスもまた東京に罪を擦り付けるインセンティブを持っている.

人間性が欠如しているのは元々だし,人多すぎるのもお前ら――というか私たち――が頼んでもいないのに上京してきたからだし.それでもなお全部を背負わされて悪の枢軸扱いされる東京さんサイドも良い迷惑だろうなあ.

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