Bluelight Sonata

2023-02-15

#19 語る夢があるなら | 根暗草子

At Inokashira Park, Musashino, Tokyo.

実はここ数ヶ月,ふとした瞬間に思い出して気になってしまうことがある.話は昨年,11月まで遡る.


今となっては理由は思い出せないが,平日の昼下がりに井の頭公園に散歩に行った.十中八九,夜勤明けで仮眠を取ってみたら運良く昼に起きることができたので出かけることにした,とかそんな感じだと思う.荻窪在住の身からすると,井の頭公園はそういう思いつきの散歩にちょうどいい場所だ.

あてもなく池の周りを時計回りに歩き始めた.秋から冬へと移り変わる季節.井の頭池のほとりを歩きながら紅葉を眺め,撮る.そうして写真を撮りながらふらふらと歩いていると,自分の少し前にも同じように時計回りに散歩している人がいることに気づいた.


井の頭公園を散歩する人がいるなんて当たり前だろ,というのはその通りなのだが,その人が目についた理由は2つある.まず第一に,その人はスーツを着ていた.平日の昼間にスーツで井の頭公園!?という違和感でまず目に止まった.そして第二に,その人は散歩しながらベンチに座っている人に何かを話しかけていた.「スーツを着た男が自分の少し前を歩きつつたまにその辺の人に話しかけている」という状況である.

これは怪しい.さすがに自分もバカではないので,何か怪しい勧誘とかそういう類のものらしいということは想像がつく.ただし自分は今までその手の声掛けに遭ったことがないので,果たしてこういう人はどういうトークスキルで他人をだまくらかすのか,というのは非常に興味深い.なので,その怪しいスーツマンに付かず離れず歩いてみた.


何組かに話しかけているのを眺めていて法則性が見えてきた.まず男性,もしくは男性が含まれるグループには絶対に声をかけていない.胡散臭さレベルがちょっと上がった.そして必ず「すみません,ちょっといいですか?」とは言わずに本題から入る.本題に入る前に「ちょっと急いでますんで……」と言われてシャットアウトされないようにしているらしい.これはうまい立ち回り.

肝心の本題は,掻い摘んで言うと「これから私の夢を発表しますので,感動したり応援したいと思ったらその気持ちの分だけ寄付してくれないか」というどストレートのタカリだった.もう少し捻りのある感じだったりするのかと思っていたのにちょっとがっかりした.


しょーもな,とは思う.思うのだけれど,一方で「夢を語って稼ぐ」という字面(だけ)は美しい.そして自分が同じ立場だったとして,万が一にも話を聞いてくれる人に出会ったとしても語る夢がない.このまま凪いだ海のようにおだやかに死んでいきたいです,なんて感動を呼ばないあっさりとした希望しかない.その点,良し悪し思うところはあるが,外に繰り出して夢語って金をせしめようとする態度というか,アクティブさには見習うべきものがあるのかもしれない.

と思ったからこそ,この人がどんな夢を語るんだろう,と聞き耳を立てながら井の頭池を一周したのだが,終ぞ夢を聞いてくれる人には出会えなかった模様.こうなってくると,話を聞いてくれる人がいたらこの人が語る夢に非常に興味が湧いてきたのだけれど,夜勤明けの眠気がぶり返してしまい,2周目に入った夢語り人を後目に帰路についた.

夢語り人の行方は,誰も知らない.

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