06. 存在しない記憶、排気ガスの匂い。 | Letter from Havana
旅行の少し前から,仕事で他のチームの人と話すと「今度のお休み,キューバ行くんですか?」と言われることが増えた.突然トラブルに巻き込まれて休みをずらしてくれなどと言われたら堪らないので,同じチームの人には「この日からキューバ行ってきますんで!よろしく!」と根回しというか,宣言をしていたのだが,「行き先はキューバ」というのが衝撃的すぎたからか,噂はチーム内に留まらず勝手に広がっているらしい.
そして,続く質問はこうだ.「なんでキューバなんですか?」絶対これを聞かれる.まあ,そうだろうなとは思う.そして,それに対する答えは決まっている.「コロナ禍になる直前に行こうと思ってて.4年越しのリベンジなんですよね」だ.
よく考えると答えになっていない.「では何故,そもそも4年前にキューバに行こうと思っていたのか?」を答えなければ本当に求められている答えになっていない.それはわかっている.わかっていて,それでも「4年前から行きたかったんですよね」を貫いている.
では実際のところ,お前は何故キューバに拘ったのか.
それは「排気ガスが臭いから」なのだ.
遡ること5年前.就職して少しずつ仕事にも慣れてきていた自分は,1年に一度,好きな時期に取ることができる「可変夏休み」をいつ取ろうか,何をしようか悩んでいた.就職して金銭的にも少し余裕はできて,長い休みを取れる.ならば行こう,海外に.
元々そんなに海外旅行志向は強くなくて,特に行きたい国もなくて「海外旅行 最強」とググって色々調べていたときに,どこかのサイトで見つけたのがキューバだった.
歴史的背景から未だ残るコロニアル様式の街並みと,そしてまた歴史的な背景から未だに走るクラシックカーが調和する街.その光景にまず,ビビっと来た.
そしてそのクラシックカー,聞くところによると排気ガスがめちゃくちゃ臭いらしいのだ.
何を隠そう自分は排気ガスの臭いが好きで,特に一昔前の路線バスを降りて,バスが走り去っていったときにふわりと残る排気ガスの臭い,アレが好きだ.最近のバスはダメだ.クリーンディーゼルだか電気自動車だか何だか知らないが,排気ガスが臭くない.臭くなくては意味がないのだ.臭いからこそ良いのだ.もっとハイオクを燃やせ.
そういうわけで小さい頃に嗅いだであろう排気ガスの臭いは,勝手に憧憬として燃え上がって,「止まないセミの鳴き声に囲まれた真夏のあぜ道を走るバスを降りたら,走り去るバスから漂った排気ガス」という存在しない記憶を捏造するほどに,強烈な哀愁を生み出すに至っている.
そんな感じなので,4年も待っても未だキューバに行きたかったのはそれが理由だ.つまり,排気ガスの匂いだ.
でも,「排気ガスめっちゃ臭いらしいのでキューバ行きたいんですよね」とは,会社ではなかなか言えないじゃん.
肝心の排気ガスのほうだったが,想像を絶する臭さだった.過剰に昇華した思い出にふさわしい,そんな匂いだ.
同じく排気ガスの匂いが好きな人は是非キューバに行くと良いと思う.4年待っても行く価値はあると思う.