01. Forward to the past | Letter from Havana
ゴーーーー………ッという不快な騒音が耳に纏わりつく.そしてたまに身体が揺さぶられる.すわ地震か……?意識は徐々に覚醒して,自分が飛行機に乗っていることを思い出す.耳に詰めていたはずの耳栓は,気づかぬ間に転がり落ちていたらしい.
日曜日の昼,成田を発つ飛行機に乗り込んだ.行き先はこの旅の中継地たるメキシコ.メキシコで1日のトランジットの後,この旅の目的地,キューバへ向かう予定になっている.
日本を発ったのは日曜日の昼,12時間のフライトの果てにたどり着くメキシコ・シティは日曜日の朝になる.まさに,過去への前進.6年強ぶりにして人生2回目の海外旅行は,これまでの自分に経験のないほどの時差を叩きつけてくる.
本当は4年前の今頃,この旅に出ているはずだったのだ.金欠の果てに,旅好きの割に海外旅行経験が殆どないまま,金はあるが時間はない社会人になり,それでも年に1回取れる長期休暇でついに憧れのキューバに行ける,という最中に世界中が疫病に襲われた.実に4年越しのリベンジ.
昨日の朝へのフライト,所要時間は12時間也.エコノミークラスの最後列でブランケットに包まるしかやることがない空間としては,あまりに持て余すほどの時間がある.いい機会なので,この4年間と,そしてそれより昔のことを少しだけ思い出そうとしてみる.
振り返れば世界は結局「なんとなく」疫病を克服――少なくとも克服したふりを――した.非連続に非日常に変化した4年前とは裏腹に,それから続く数年の非日常と現在の日常は,どういうわけか連続している.だから,本当の意味で何が日常だったのか,今となってはもうよく覚えていない.日常たる今と連続した非日常を遡ると,そこには断絶した日常がある.なんだかメビウスの輪みたいだ.
結局のところ克明に覚えているのは先代の日常から一気に非日常に転がり落ちた,あの4年前の一時期のことだけだ.某とかいうクルーズ船でガバガバな管理したあげく市中に放流したんじゃないかというニュースに身が震え,店からマスクは一斉に消えた.その後マスクは結局半年弱は買えなかったんじゃなかったっけか.あの頃は――本質的に今と何か変わっているのかはわからないが――本当に感染して死ぬんじゃないか,って怯えながら暮らしていたっけ.何故かトイレットペーパーが品薄になり,腹が弱い自分は消費量が多いので危うく家のペーパーがなくなりかけたこともあった.店という店が閉まり,街から人が消え…….
そんな非日常にシフトしていく最中に,2回目の海外旅行は夢と消えた.
あれから4年が経ち,我々は日常を取り戻したような,そうでないような.今となっては4年前の旅行の計画の詳しいところは全く覚えていないのだが――調べれば何か見つかるんだろうけど敢えてそうしていない――,確かハバナの空港に着くのは夜遅くだから,そこからタクシーでホテルに行かなきゃいけないな,と思っていたような気がするのだ.タクシーから眺める夜更けのキューバはどんな景色なんだろう,と想像を膨らませていたような気がする.
ところがそんな憧憬とは裏腹に,どういうわけか4年経った今は普通に日中にキューバにたどり着かざるを得ない,そんなプランになっている.だからあの憧憬もまた,疫病に奪われたもののひとつだ.
この12時間のフライトはつまり,そんな4年前の夢を取り戻すフライトでもあって.だから,昨日の朝へのフライトであると同時に,4年前へのフライトとも言える.