Island | My Favorite Things
"Living in Istanbul is very stressful, my friend." ホテルのレセプションのおじさんはそう言った.
「俺は今日朝7時に来たんだけど,家からバスで30分くらいなんだ.ところが日中に渋滞にハマるとそれが2時間もかかるんだぜ.車が多すぎるのさ」みたいなことを言っていた.こういう会話の時に英語を脳内で日本に咀嚼すると,アメコミみたいな口調に勝手に変換されるのは何故なんだろう.
私も負けじと「トウキョウもおんなじさ.トウキョウの場合,車じゃなくて電車だけど.通勤の時間帯の電車なんて完全にクレイジーさ」みたいなことを言った.何でベースの日本語もアメコミみたいな口調になってんだ.もっと言うと,そもそも何が「負けじと」なんだって話だ.変なとこで張り合ってんじゃないよって話で.でもその時は何故か張り合いたくなってしまったのだ.トウキョウ舐めんなよって.
で,結論どちらがよりストレスフルかと言えば間違いなくイスタンブールだった.だって,パッとホテルの部屋から外眺めたらこれだもの.完全にシムシティでAIがバグってスタックしたときのやつだ.これがそこら中で当たり前のように発生している.
あとは更に単純に人が多くて,道が混み合う.そしてその人達が信号を無視して道路を渡る.けたたましく鳴り響くクラクション.その隙間を縫うように走っていくバイク.アイシールド21かお前は.
おじさんごめん.私の負けだ.確かにこの渋滞都市に暮らすのは中々大変そうだ.
そんなわけで,イスタンブール観光最終日,私はもう疲れていた.突っ込んでくるバイクに轢かれないように気を張らないといけないし,ずっとどこかでクラクションが鳴り響いている.街中から離れたくて,逃げるようにKabataşからフェリーに飛び乗って,マルマラ海に浮かぶ小島を目指すことにした.
無論,計画は特にない.フェリー乗り場からカドキョイ以外に行く船があるなということに気づいて調べたら,そういう小島があるってことを知っただけだ.ちょっと調べたらイスタンブールから日帰りで行ける落ち着いた雰囲気の島らしいことがわかった.
島に何があるのかもよく分かっていない.でも別に何もなくても良い.というか「何かある」のが良いならイスタンブールの市街地で観光すれば良いのだ.まだまだ見ていない観光スポットはたくさんある.そこから敢えての逃避行なんだから「何も無い」で困ることもまた,何も無い.
船はイスタンブールの沖合に浮かぶプリンセス諸島という島々を辿っていくらしい.なるほど,ということはいくつかの島々から降りる島を決めねばならんのだな.1つ目の島は船から見た感じなんだか違うな,と理由なく感じてパスし,降りたのは2つ目に辿り着いたブルガズ島という小島.
ブルガズ島には目論見通り何もなかった.諸島内は自動車の運転が原則禁止とかで,イスタンブールの市街地で苛まれたクラクションはついぞ浴びせられることはなかった.その一点だけで船に揺られてやってきた価値があるというものだ.
時間がゆっくりと流れる島を地図も見ずに歩く.交差点ごとに雰囲気が良さそうな道を選んでただ進む.なにかに急き立てられずにこうやってのんびり街を歩く,これは旧市街や新市街ではできなかったことのうちの一つだ.
何もなかったブルガズ島,強いて言うなら猫がいた.猫は旧市街にもいたのだが,旧市街では当然道路でのんびりしているような猫はいなかった.轢かれちゃうし.ブルガズ島は道路をのんびり歩く猫がいた.
この手の小島に住む猫って,最初はどうやって島に辿り着いたんだろうか.イノシシでもないから海を渡ってくることはないだろう.やっぱり人間が連れてきたのかな.
最初こそどうやって連れてこられた猫なのかわからないが,多分もう何世代にも渡ってこの島に住み着いていて,この猫たちは市街地の喧騒を知らずに暮らしているんだろう.それはきっととても幸せなことで,翻って市街地の猫たちは何を思うんだろう.やっぱり猫たちも"Living in Istanbul is very stressful, my friends"って語り合うんだろうか.