Bluelight Sonata

2026-02-14

モディカの坂道 | Interlude

Interlude / camera α7CR / lens SEL24105G / location Italia
Modica, Sicily, Italy.

ドイツ,フランス,スイス,マルタ,イタリアと欧州を巡るこの旅の「メインディッシュ」は何か,という問いに強いて答えるなら,それはイタリア,そして特にシチリアということになる.

いつか,どこかで見たシチリアの街並みを見て,ああいつかここに行ってみたい,と思っていた.そしてシチリアを旅するならこういうルートが良いんじゃないか,と妄想した.その妄想が今回の旅の旅程を組み立てるコアになっている.言うなれば今回の旅のプランニングは「シチリア+α」なのだ.

「シチリア?ああ,あのイタリアの“つま先”あたりの?」と言われるシチリアは,九州よりは小さいが四国よりは大きく,意外と広い.行きたいと思っていた街は複数あって,街と街を結ぶバスが走ってはいるものの,イタリア本土のように高速鉄道でスイスイと移動できるわけでもない.物理的に思ったより広く,そして時間距離としても更に広い.それがシチリアである.


その上,行きたいと思った街に「ラグーザ」と「モディカ」があった.世界遺産「ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々」を構成する街であるものの,日本人にとってはあまり聞き馴染みのあるところではない.

「ヴァル・ディ・ノート」とは日本語訳するならば「ノート渓谷」ということになる.シチリア島南東部に広がるノート渓谷に点在する後期バロック様式の町々.ラグーザとモディカはその中でも南部の内陸に位置する街で,拠点となる都市からはバスで数時間揺られて向かうことになる.

バス会社のHPはとても分かりづらくて,バスターミナルの場所さえ良く分からない.鉄道は通っているものの,10月の中旬から春にかけては何と運休してしまうらしい.ああ,スコットランドのハイランド地方の時といい,自分はどうしてこんなアクセス不便な街に惹かれてしまうのだろう.でもそれでも行かなくてはいけない.「メインディッシュ」だもの.



シラクーザからカターニアを経由して大回りして辿り着いたラグーザのホテルで1泊.そして翌日はラグーザを拠点にして日帰りでモディカへ向かう予定だったが,天気予報によればヴァル・ディ・ノートは雷雨.さて,雷雨だったらモディカまで行くべきだろうか.そう悩んで眠りについて目を覚ますと,これ以上ないほどの快晴だった.ああ,天気が味方をしている.行こう,モディカへ.

結果から言うと,天気は味方だったのかは怪しいところだ.モディカのバスターミナルは谷底にあり,モディカの街を一望する展望台は丘の上にある.季節は10月の下旬,それでもシチリアの日差しは厳しくて汗が吹き出す.日差しで涼めるのだけが救いだ.

肌を焼く日差しの下で,住宅の間を縫うように広がる坂道を,息を切らしながら登る.猛烈なデジャブに襲われて,さてこのデジャブは一体……?と思ったが,デジャブの正体は自分が通っていた大学だった.横浜のふざけた丘陵地帯に位置した愛すべきキャンパスは,ゴルフ場の敷地をキャンパスにしたとあって無駄に起伏に富んでいて,通学する時はキツイ坂を登り,キツイ坂を下り,そしてまたキツイ坂を登る羽目になるのである.「脚の太さを見ると何年生かわかる」という,今ならコンプライアンス的にアウトな言い伝えさえあった.

遠くシチリアの渓谷で,横浜の坂道の幻影を見た.



ヴァル・ディ・ノートは渓谷と言うだけあって,とにかく起伏があって.ラグーザでもモディカでも,坂道を避けては通れない.沿岸の都市からは車で数時間掛かるこの街で,坂道をゆっくりと歩いていくお年寄りがいて,郵便を届ける人がいて,坂の途中に聳える教会の絵を補修する人がいた.正直あまり便利な街だとは思わないけれど,それでもこの街の暮らしを支える営みがあって,それはとても素敵だな,と思った.

翻って,この街の暮らしを見てから自分の暮らしを俯瞰してみると,そのどうしようもなさに呆れ返る.社会の役に立っている実感を持てないシステムの開発に,とんでもない金額を費やして,ついでに謎の補助金が交付されて.そんなブルシット・ジョブが自分の飯の種なのだ.ああ,もう少し生きている実感を持てる暮らしができないもんだろうかと,噴き出す汗を拭きながら,そう思った.