ヴァレッタで棘が抜けて | Interlude

「ホテルを朝食付きプランにするべきか否か」という永遠の問題がある.普段の朝食はバナナ一本と,ヨーグルトを食べたり食べなかったり.あるいはシリアルを食べたり食べなかったり.そして紅茶を一杯.物価が安い日本ですら限界を下回った安さ.100円いってないんじゃなかろうか.
そんな朝食100円おじさんの私は,素泊まりプランと朝食付きプランの価格差を見ながらいつもうんうん唸っている.当然,朝食付きプランの方が100円しか高くないなんてことはあり得ない.だいたいどれだけ安くとも1000円はかかる.下手したら2000円くらい掛かるかもしれない.2000円ってどんな高級ブレックファストだよ,と感じざるを得ない.2000円て.晩飯にもそんなに払ったことないのに!という価格帯だ.
ただ,今回の旅行では朝食付きプランがあるホテルでは基本的に朝食ありのプランを選んだ.理由は2つ.
まず第一に,旅立つ前に見る「2000円」は高い.ただしそれは実は11ユーロとかそこらでしかない.変にケチって朝食なしプランにしたところで,現地のスーパーでパンやナッツバーみたいなやつ,ジュースとコーヒーを買おうものなら普通に10ユーロ近くを消費する羽目になることがある.高いのは朝食ではなくユーロと現地の物価なのである.
第二に,昼食と夕食を質素に済ませることが多いので,朝食くらいしっかり食べておかないと,この長い旅に耐えられないだろうと思ったからだ.だいたい昼食と夕食はスーパーで買った何かや,テイクアウトした何かをサラッと食べて終わることが多い.割とカロリー不足に陥ったり,栄養不足に陥ることが多いので,ホテルの朝食ビュッフェである程度カロリーを稼ぎ,そして栄養バランスを整えておくべきなのだ.
そんなわけで2連泊したここマルタ,セント・ジュリアンズのホテルでも朝食付きプランを予約した.昨日は野菜不足だったから野菜とフルーツ多めに食べたいな〜なんて思いながらエレベーターに乗って朝食会場のフロアに降りていく瞬間は,結構ワクワクしている.朝食会場に入ってスタッフに部屋番号を伝えて,さあビュッフェの品揃えはどんなもんかな,と品定めに行く瞬間はドキドキである.意外と充実してたら嬉しいし,ショボい品揃えだと「これに10ユーロかあ」と萎えてしまう.朝食ビュッフェの当たり外れは結構大きいんだよな.外れた時は午前中のテンションは若干低い気がする.
で,このホテルの朝食はというと…….まあ「ハズレではない」くらいかな.オブラートに包むとそういうことになる.
ここマルタは連泊したので,当然朝食は2回食べた.3日目の朝は「前日と全く同じラインナップなのか否か」もちょっと気になる.普段は毎日バナナしか食べてないくせに.「金払ったんだから昨日と違うものを食べたい」という貧乏性が顔を出す.
再び朝食会場に入ってスタッフに部屋番号を伝え……ようとしたら「おはよう,204号室だよね?」と言われた.そう言えば昨日と同じスタッフさんだとは思ったけど,覚えていたとは.その流れで「どこから来たの?留学?」みたいなことを聞かれて.ここマルタは語学留学先として有名らしい.
顔と部屋番号を覚えてくれていただけなのだが,少し嬉しい.嬉しいので昨日の2倍くらいの量のスクランブルエッグを皿に盛った.
はて.若干盛りすぎて後悔しているスクランブルエッグを食べながら,顔と部屋番号を覚えてくれていたことを喜ばしく思う自分に少し驚く.以前の自分なら多分,「なんか昨日やらかしたから顔覚えられちゃったんじゃないの」くらいの被害妄想を抱くだろう.ナイフとフォーク使うのがあまりに下手くそすぎて悪目立ちしたか,とか.
これまでの自分は褒められても無駄に疑い深くて,「さて,この人は自分を褒めることでどんな得をするんだろうか」と邪推するタイプだった.こういうタイプを部下に持ってしまった上司はさぞかし大変だっただろう.ラインケア研修みたいなのでよく言われる「積極的なフィードバックをしましょう」みたいな話に従ったら,部下がその肯定的なフィードバックを滅茶苦茶に疑ってくるのだから.
こういう喜ぶべきことを素直に喜べるようになったのは何故か.はっきりは分からないけど,転職活動を経て得られた部分はあるかもしれない,と思った.「上司に褒められる」ってn=1でしかないのだ.その褒めに再現性はあるのか?上司が何か誤解してるだけなんじゃないか?って思ってしまうのだ.受け止めるためにはサンプルサイズが少ない,と.
その点,転職活動は複数の会社に応募するし,その中でこれまでの経験を評価してもらうと,それはn=3とか5とかそれくらいのサイズになってくる.もちろん一般化するためにはまだサンプルは足りないし,評価されずに選考が終わってしまうこともあるけど,それでもn=1よりは,ああ,少しは自分も自信を持って良いんだな,と思える気がする.
そんなわけで,転職しまーす,と言った時に協業先の人が――何なら同僚より――残念がってくれて,転職先でも絶対活躍できますよ,と言ってくれて,落ち着いた時に食事でも行きましょうと連絡先交換したこととか,最終出社日に隣のチームの後輩が実は自分のような立ち回りを目標にしていると言ってくれたこととか,それも割と素直に字面通り受け止めることができた.

「目標にしてました!」とかね.絶対数年前なら受け止められていないだろう.というか現に数年前に部署異動した時は受け止められず,絶対嘘だと思った.「思った」どころか「嘘でしょ」とさえ言った気がする.それから数年.棘が抜けて,少しは斜に構える角度が小さくなった.これは転職活動の思わぬ副作用だったなと思う.