Bluelight Sonata

風邪を引いた.最初は「何か喉に違和感があるな」と思った.ひょっとしたら風邪かもしれない.寝たら治るだろうと思って寝たら,ハッキリと喉が痛くなった.多分風邪だろう.早く寝て起きたら,頭が痛くなっていた.これはいよいよ風邪に違いない,と寝て起きて何か部屋が暑いなと思って,もしやと思い体温を測ったら38.4℃だった.暑いのは部屋ではなくお前である.一晩寝るごとにその確信度はpossibly,maybe,probablyと上がっていった.さすがにこの熱では言い逃れできまい.風邪である.

悲しいのは「風邪?寝たら治るでしょ.」が通用しなくなっている自分の身体だ.高熱を出しても一日寝て起きたらケロッとしていた頃の自分の身体は,もうどこかに置いてきてしまったようだ.

ここ1年くらい,「ちょっと身体がダルいな」とか「少し頭痛いかも」という微妙な不調が表に出てくるようになっている自覚はあったのだが,熱を出してダウンするようなことはあまり無かった.記憶にある限りでは新型コロナの予防接種を受けた時が最後で,「風邪を引いて発熱」の記憶は最早残っていない.高校時代まで遡らないと無いような気がする.


Teamsのチャットが届いた.会社のアカウントだった.総務とか,そういう管理部門系の人からのチャットだった.名前も覚えている.初めて見る名前だったと思うが,会社の人の名前を全部覚えているわけではないから,知らない人からTeamsチャットが来てもおかしくはないだろう.

昨日までに提出しないといけない提出書類を出せていなかったらしい.はて,そんな提出書類はあっただろうか.腑に落ちない気持ちを抱えつつ,その人がそう言うのであればそうなのであろう.反射的に「申し訳ありません,確認して至急提出します」とチャットした.至急提出が必要であるならば,確認もまた至急に必要だろう.

提出書類を確認しようとしたら,ベッドに汗だくで横たわっている自分がいた.夢だったらしい.


風邪を引いた時には夢を見ることが多い.眠りが浅くなっているのか,それとも薬を飲んでいるからなのか.忘れていたはずの遠い昔のことが夢に出てきたり――それが実際にあったことだと納得できるのだから,本当は忘れてなどいなかったということなんだと思うけど――.あるいは,忘れていたほうが良かったことまで夢に出てきたり.そしてまた,まるでそれが現実であったかのようなリアルな虚構だったり.

夢の中で響いたTeamsの通知音までハッキリと覚えている.アレは間違いなくTeamsだった.画面左側に並ぶチャットの一覧も,間違いなく会社のそれだった.現実よりも現実っぽい夢だった.布団でかいた汗は果たして発熱のせいか,それとも提出物遅れの焦りか.それくらいリアルだった.

では,完全にリアルなその夢に出てきたあの人は,一体誰だったのか.今ここでまた眠りに落ちたら,きっとその名前を忘れてしまう.だから頭痛で重い身体を引きずってデスクの上のスマホを取って検索したところで,記憶は途絶えている.また眠りに落ちたらしい.


朝起きたら,その人の名前で検索されたGoogle検索のページが開かれていた.検索結果は0件,特に有名人ではないらしい.会社のスマホでTeamsを開いて調べるがヒットしないので,会社の人でもないらしい.昔の連絡先も,LINEも開いたが,その人はどこにもいなかった.

その夢を見た日から熱は下がって,それからは夢を見ていない.果たして夢の中で私の脳みそが生み出した虚構の人物の,その名前は一体全体どうやって生み出されたのか.それが気になってしかたがないが,夢を見ない健康な今,それを思い起こす術すらない.

またいつか,風邪を引いた時の夢で逢いましょう.