Bluelight Sonata

2025-06-21

向かい風の向こう | Beyond the head wind

Beyond the head wind / camera α7CR / lens SEL24105G / location Portugal

いつも通り「あ,もうだめだ」と思った.いつもと違うのは,今年度はそのタイミングがあまりに早かったということだ.何なら“今年度が始まる前”から“今年度はもうダメだ”と思っていた.


弊社は「4日連続の休みを年度内に1回,任意のタイミングで取って良い」という制度がある.これは入社前には「だいたい1日余計に有給休暇を取ることで1週間丸々休みにする人が多いです」と聞かされていた.蓋を開けたらそうでもなく,4日の休みを2日+2日で分割して取得している――取得せざるを得ない――人もいたわけだが,自分はこれまで概ね連続の休みを取って,ポスト・コロナの海外旅行を支える貴重な休暇になっている.

年度に1回しか取れないので,必然的に海外旅行はこの休暇の取得を軸として計画することになる.各年度における人生の楽しみはこの2回のボーナスと1回の長期休暇しかない.従ってその取得タイミングは綿密に計算しなければならない.うっかり上半期の序盤で休暇取得なんてしてしまった日には,残りの人生の楽しみは冬ボーナスだけになってしまうし,冬ボーナスの後には絶望しか残らない.だからこの休暇は後生大事に取っておくのが良いだろう.「もうダメだ,休み取らないと耐えられない」となるまで耐えてから取る,そういう休暇である.

では仮に,仮にだが.その1年の楽しみの3割を占める休みを5月に取るなんてことをしたらどうなるんだ?今年度は辛く厳しいものになるだろう.

それをやっちまったのが,2025年度である.



2024年度の終わり頃から仕事方面で色々と環境の変化があり…….こりゃキツくなるだろうなあ,と思っていたら案の定,そして思った以上にキツい感じになった.それで,3月くらいには「もうダメだ」となっていた.記録は年度開始マイナス1ヶ月.「もうダメだRTA」優勝である.

そして年度末くらいから早々に休暇を取る算段をつけ始めて,色々考えてゴールデンウィークのバーターにこの休みを取ることにした.

バーターというのは,どういうことか.システムエンジニアという仕事柄,担当しているシステムは社会にインパクトも殆ど与えていないようなタイプのやつなのだが,どういうわけかゴールデンウィークや年末年始には「誰かオンコールで対応できるようにしておいて」と言われる.意味がわからない.人のゴールデンウィーク潰すならその分給料払えよ,という話なのだが.

今年度はそれを逆手に取った.ゴールデンウィークは仕方ないのでこの私がオンコール全部引き受けてやりましょう,と.その代わり連休ドブに捨ててるので,ゴールデンウィーク明けに例の休暇取らせて貰いますわ.え,ダメ?ダメならゴールデンウィークのオンコールはやらないですけど,はい.ああ良いですか.じゃあそういうことで.

こういう感じで5月下旬の休暇取得が決まった.



冷静に考えるとゴールデンウィークのオンコールをほっぽり出してそこで海外に行っても良かったは良かったのだが.そうするだけの気力がもうなかった.何と言っても「もうダメだRTA」世界記録を樹立しているくらいだから.こうしてゴールデンウィークを消し飛ばして無事休暇を錬成することに成功した.社畜の錬金術師とでも名乗ろうと思うのだが,ゴールデンウィークを潰してまで生み出した休暇だから,死んでも海外に行ってやろうと,そう思った.

行き先はどうしようか.どこでも良いから遠くに行こうと思った.クソみたいな仕事とか,それが生み出すオンコールとか,クソみたいな仕事をクソたらしめている環境とか.そういうものから物理的に離れることで,心理的に離れることができるようになる.だから目的地はポルトガル・リスボンに決めた.

自分の好きな「トラムが走る坂のある街」で,そしてユーラシア大陸の西の果て.この「西の果て」というのが気に入った.我々極東の島国から,偏西風に抗い続けてひたすら西に飛べば辿り着く場所,向かい風に逆らい続けた向こう側.それがポルトガル,それがリスボンなのだ.風に逆らって飛んだ分だけ,きっと離れた実感が湧くだろう.

たとえその街に「TASK」と大量に書かれた落書きがあったとしても.それでも仕事のことを思い出さなくて良いくらいには.それが最果てから最果てに飛ぶセンチメントである.



ただし,効率化効率化効率化の現代において,実際のところそんなセンチメントとは無縁で.西へ西へと飛んで辿り着いたはずの西の最果てだが,実は飛行機は北東に飛んで北極圏を抜けていたというオチ.「向かい風に逆らい続けて飛ぶ」なんてバカな真似は,しないのである.あまりに遠く離れた西の果てに行くためには,東に飛んだほうが早いという,あまりロマンのない飛び方だとは思うのだが.

そんな事実は見なかったことにして,最果ての街の散策を楽しむことにした.地球は平面だし,極東の我々が東に飛んでも経度がオーバーフローしてしまうだけで,ポルトガルに来ることはできない.向かい風に逆らって西に飛んでこの地に来た.そう信じて.